創建は天平年間(8世紀)行基の開基と伝えられており、中世の沿革は不明ですが、1681年(天和元年)僧鉄梅が住職となり、1697年(元禄10年)2月に本堂を再建し、翌11年にその師である南源禅師を中国より招請して開山しました。
その後、1857年(安政四年)に諸堂大破のため、本堂・講堂・鐘楼・山門などの堂宇が再建されました。
第十世天真和尚の時代に五百羅漢を安置したことにより、世に「福島の五百羅漢」と呼ばれるようになりました。今の福島公園(福島区福島5丁目)の南域から南にあった広大な寺でした。
しかしながら、1909年(明治42年)7月31日の天満の大火により、本尊釈迦如来の左手と妙庵和尚筆の山門(現在は本堂正面)の額を残して、堂宇は悉く灰に帰し、当山は都市計画に従い、1926年(大正15年)11月~1928年(昭和3年)にかけて現在の地に、本堂と墓地とともに解体移築してきました。
黄檗とはなにか。黄木(おうぼく)とも呼ばれ、日本では「きはだ」と呼ばれている樹木。 中国では河北・山西・東北・内蒙古から湖北・雲南・四川省などに生育し、樹皮は生薬となり、それを服用すると「地仙」 つまり地上の仙人になるといわれています。
黄檗の山号、宗派の名前は、中国の萬福寺がある山にこの黄檗の木が繁茂していたことに由来しているといわれ、京都宇治の萬福寺にも、 縁のあるその木が植えられています。
1654年、日本は江戸時代、4代将軍徳川家綱公の頃。中国の萬福寺で住持していた隠元隆琦禅師が日本に来られました。禅師は将軍や大老酒井雅楽頭忠勝、老中稲葉正則らの勧めによって日本に永住することを決心され、将軍より宇治の近衛家の領大和田の荘を賜って黄檗山萬福寺を建立され、 黄檗の教えを広められたのです。
その教えの中に「唯心の浄土・己身の弥陀」という言葉があります。これは「ただ心の中にこそ極楽浄土がある。」「己の身そのものが阿弥陀仏(仏)である」ということで、 つまり人は皆、本来生まれながらにして「仏」である。又は仏の心を持った存在であることを説いておられます。しかし人間生まれて生きていくうちに、世間の煩悩や欲望に侵されて、 もって生まれた仏を汚していってしまいます。ですから黄檗宗では禅(坐禅・臥禅・立禅など)を実践し、精進することによって萬福寺本尊で、己を見つめ直し、自らの仏に磨きをかけていくことを教えの主としています。
黄檗宗で読まれるお経は唐韻といって、現在でも中国から伝わった当時の発音で読まれ、木魚・太鼓・繞鉢(楽器のシンバルのようなもの)等を用い、節のある音楽的なお経が読まれます。 例えばよく知られているお経、般若心経の「般若波羅密多心経」という部分を和韻(日本の読み方)で読むと「はんにゃはらみたしんぎょう」と読みますが唐韻で読むと「ポゼポロミトシンキン」と読みます。
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回忌 |
亡くなられた年 |
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1周忌 |
令和7年 |
3回忌 |
令和6年 |
7回忌 |
令和元年 |
13回忌 |
平成26年 |
17回忌 |
平成22年 |
25回忌 |
平成14年 |
33回忌 |
平成6年 |
37回忌 |
平成2年 |
50回忌 |
昭和52年 |
100回忌 |
大正15年 |
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お墓を継ぐ人がいない
子どもや孫に負担を掛けたくない
一人暮らしで将来が不安...
永代供養塔「観音菩薩」立像(当山北東角)
ご先祖様を納骨後、永代に亘りお祀りします。
日々、社会情勢や家庭環境が変わる中、墓地の購入や維持が大変になってきております。
「お墓をどうしよう?」 と悩んでいた方にこそ、考えてほしい合同永代供養墓です。
※妙徳寺檀信徒様に限り納骨していただけます。
※いつでもご家族・お友達の方がお参り出来る環境となっています。
位牌一時預かり、遺骨一時預かりの申込書は
来山いただいた際に手渡しさせていただくか、
ご要望があれば郵送いたします。
以下よりダウンロードしも可能です。
平生はいかに忙しくあるとも、せめて年に一度は、祖先親子兄弟姉妹などの亡くなられた方々の精霊を慰めるお祀りだけは致したいものであります。
お施餓鬼(おせがき)は、日本の持つ清らかにして美しい心の表れであり、おせがきのご回向やお墓参りによって、真心からなる慰霊の真を捧げるのであります。荒みがちな人の世に心の潤いと喜びを蘇らせる、心の行事としてのこの法縁をお結びになって、おせがき法要の座に列して、ご回向とご焼香の心をお契りになるよう、おすすめ申し上げます。
ご親族お誘い合わせの上ご参拝ください。
【 ご案内資料はこちら 】
檀信徒様のご自宅に伺い、回向をさせていただきます。
その間でご都合のつかない檀信徒様は、8月15日、当山本堂にて合同法要を厳修いたしますので、お申し込みください。
弁財天(弁天)は金光明最勝王経に説かれている仏で、当山にお祀りしているのは「八臂宇賀弁財天」です。
一面(顔がひとつ)八臂(8本の手)に宝珠・宝棒・宝箭(矢)宝刀・宝弓など持っています。頭部には宇賀神(道祖神=蛇神・龍神の化身)を冠しているので、宇賀弁財天ともいいます。
1927年(昭和2年)大阪美術学校の矢野橋村氏に師事、以降、南画一筋も道を歩んでこられました。
淡路島の国清寺の住職でもあり、当山の作品は直原玉青画伯101歳の時のもの。
住所 |
〒579-8021 大阪府東大阪市額田町2−32 |
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電話番号/FAX |
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| 地図 | 近鉄奈良線額田駅より徒歩3分
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